SPECIAL INTERVIEW

【連載】井上尚弥選手スペシャルインタビュー Vol.2

SPECIAL INTERVIEW 【連載】井上尚弥選手スペシャルインタビュー Vol.2

「クールであること」こそ、
一番のボクシングの美しさだと思う

WBA世界バンタム級チャンピオン、井上尚弥選手。数々の偉業を成し遂げた彼自身のこれまでの人生や内に秘めた想いを解き明かす、全3回のインタビュー。第2回目の今回は、プロボクサーの日常生活や井上選手独自のボクシングに対するこだわり、想いをじっくりとお伝えします。

オンとオフの差が歴然! プロボクサーの意外な日常生活

2012年、プロ入りの入門記者会見で大橋会長が言った、「井上君は怪物です」。
翌日からスポーツ紙をにぎわせ、一躍脚光を浴びることに。
「怪物」と呼ばれることに対して、本人はどう思っていたのか。

最初は、そう言われることに対して嫌だなと思っていました。ライトフライ級でスタートしたので、そんな軽量級なのに怪物みたいにバンバン相手を倒せるのかなって。正直、名前負けするんじゃないかと思っていました。でも、今はそれすらも思わなくなった。海外では「モンスター」っていうのがインパクトあるらしくて、それで注目され始めているのでよかったのかなって。だから会長には感謝していますね。というか、今まで「怪物」と呼ばれることに対して深く考えたこともなかったです(笑)。

オンとオフの差が歴然! プロボクサーの意外な日常生活 オンとオフの差が歴然! プロボクサーの意外な日常生活
――ご本人はそういうものなんですね(笑)。プロになられるとより練習も厳しくなるんでしょうか?
そんなこともないですよ。日曜日以外は毎日練習していますけど、午前中に自宅で2、3時間ロードワークや筋トレをして、夕方ぐらいからジムに来てまた2、3時間、ミット打ちなど練習メニューをこなします。合宿でも同じようなスケジュールですね。それ以上やると集中力がもたないですし、ダラダラ練習をしていても意味がないので、ここもメリハリなんでしょうね。それ以外の時間は何もしないか、家族と一緒に過ごしたり、地元の友達と遊びに行ったりしています。
――そうなんですか! 日常生活もストイックにされているのかと思いきや、普段はリラックスされているんですね。
そうですね。普段も練習の時は本気でやっていますけど、実際にエンジンをかけていくのは試合の2カ月前からです。試合に向けて気持ちを高めたり、対戦相手の分析・研究を行ったり。それより前から気持ちを高めていっちゃうと、心身がもたないんですよね。1カ月前ぐらいから減量を始めるんですが、今はバンタム級なのでだいたい8㎏ほど減らします。8㎏だったら、1回の練習で2㎏は汗で減りますからね。ただ、それだと水分が抜けただけなので、食事量を減らして脂肪を落とし、落とし切ったら最後は水分をグッと抑えていきます。
――ボクサーの減量は過酷だと言いますからね。最後は水も飲めないと聞きました。
計量直前は水分をとらないので口がカラッカラになります。ガムを噛んでも唾液も出てこないぐらい。ライトフライ級の時は12㎏減量していたので、さすがにもう絞れないって感じで、口も聞けないほどキツかったです。10㎏以上減量するボクサーは皆、極限まで闘ってると思いますよ。試合前日の計量が終わったら一気に5㎏ぐらい増やして、体力を戻します。といっても、ドリンクやスープなどほとんど水分で戻すんですけどね。毎回その繰り返しなので、体には絶対よくないと思います(笑)。
――プロだからこそなせるワザですね。尚弥さんはリングに上がる前も試合中も、クールというか淡々とされている印象があるんですが、それはあえて意識されていらっしゃるんでしょうか?
特に意識しているわけじゃないですけど、自分としては、「クールであることが一番のボクシングの美しさ」だと思っているんです。まず、自分自身の性格が感情を露わにするタイプじゃないっていうのと、ずっとアマチュアでやっていたこともあって、「ボクシングは競技スポーツだ」と思っているからなんです。アマチュアでは、試合に勝っても派手にガッツポーズしたりしませんし、礼儀正しく相手と接するので、その美学や精神はプロになった今でも持ち続けている感じです。
自分を大きく見せるのは、「自分に自信がない」から 自分を大きく見せるのは、「自分に自信がない」から

自分を大きく見せるのは、
「自分に自信がない」から

――それは、どなたか憧れの選手がいて、「そうなりたい」と思ったからではなく?
いや……憧れの選手とか、「こういう人になりたい」って思ったことは一度もないですね。ただ、いろんな選手のいいところを吸収して自分のものにしようと思うことはよくあります。ボクシングへの姿勢については、マニー・パッキャオ選手のスタイルは紳士的でいいなって思います。プロなのでお客さんを楽しませるために、相手を挑発したりする人もいますが、自分はそういうタイプじゃないなと。子どもの頃から長年ボクシングをしていると、中には自分を大きく見せようとしたり、威圧したりする人もいるんですよ。それって、僕からすると「自分に自信がないからだな」って思っちゃう。
――自信があれば、見栄を張る必要もないと。
そう思いますね。なので、自分の場合は自然体でそのままの姿でリングに上がるようにしています。誰よりも練習を積んできた自信があるから、大きく見せる必要もないし、そのまま出ていけばいいわけです。ただ、それを痛感したのが、ロンドン五輪に向けての最終予選の試合です。あの時、力んでしまって自分のボクシングを出せなかった苦い思い出があるので、やっぱり平常心で試合に出ないといけないなって。プロの試合は会場でもテレビでも多くの観客が観ているからこそ、いいところを見せようとしてしまいます。そうするとアガってしまったり、余計な力が入ったりして本来の良さが出なくなってしまうので、「いかに平常心でいられるか?」はプロとして大事なことだと思います。
――とはいえ、あんなに多くの観客の声援を受けたら、舞い上がってしまいそうです。

10月のWBSS初戦の時は、お立ち台に上がってテンション上がっちゃいましたけどね。ただ、相手が入場してくるまでの間が長すぎて、途中で恥ずかしくなりました(笑)。お立ち台の周りって自分の身内とか関係者ばかりなので、余計に「オレ、なにカッコつけてんだ」って我に帰るんですよ。感情が一番ブレるとしたら、そういう場面ですかね。

プロ入り後、ライトフライ級、スーパーフライ級と王座を獲得し、順調にチャンピオン街道をひた走ってきたが、一度だけ苦悩に陥った時期がある。それが2014年12月30日、オマール・ナルバエス(アルゼンチン)戦で勝利後、右拳を傷めた時だ。その当時のことをこう振り返る。

怪我をしたと言っても、骨が折れたわけじゃなかったんです。日常生活に問題はなかったんですが、関節が脱臼していてパンチには耐えられない状態でした。次の試合が5月に決まりかけていたので、このまま痛みがおさまれば手術せずに試合ができる。できることならそうしたいと思っていました。というのは、ナルバエス戦に勝って2階級制覇したことで、この勢いにどうしても乗りたかったからです。アスリートは大きな試合の舞台に出なければ、世の中から忘れ去られてしまう。そんな気がして、嫌だったんです。でも、同じ怪我で手術を経験している内山高志さんや会長からも、「先は長いんだから、ここでしっかり休養をとって治したほうがいい」とアドバイスをもらい、3カ月間ぐらい悩みに悩みましたが、3月(翌年の2015年)に手術を受けることを決めました。

――休んでいる間、どんな心境でしたか? ――休んでいる間、どんな心境でしたか?
――休んでいる間、どんな心境でしたか?
それまではずっと悩んでましたけど、決めてからは「落ち込んでもしょうがない!」と吹っ切れて、ボクシングのことは一切考えないようにしました。普段できないようなことをやろうと、いろんな友達と会ったりして、いいリフレッシュになりましたね。結婚を決めたのもこの休養期間の時期です。初めてボクシングのことを考えない時間を与えられた気がして新鮮だったし、結果的に自分の人生にプラスになったと思います。
――1年後の復帰戦から、試合の入場曲が新しい曲に変わりましたよね。
そうです。『DEPARTURE』(作曲:佐藤直紀)という曲なんですけど、新たな出発だし、気持ちに合っているかなと。曲調が壮大な感じがするので、これから世界に向けて羽ばたくイメージでいいかなと思い、それからずっと使っています。ナルバエス戦の時はまた曲が違うんですよ。あの時は自分にとって「挑戦」で、周りからも「まだ勝てないでしょ」っていう声もあったので、テンションを上げていきたかった。イケイケな感じで試合に臨みたかったので『BIGBANG』(唄:BIGBANG)を選んだんです。

まさにボクシング界にもビッグバンを起こし続けている井上尚弥選手。これから先も負ける姿が全く想像できないが、本人は「中には今後負ける試合もあるかもしれないし、それはわからない」と、いたって冷静だ。次回はチャンピオンとしての強さの秘訣や自分の心との向き合い方、そして家族への想いなど、より「人間・井上尚弥」に迫ります。お楽しみに!

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◎取材・文

伯耆原良子(ほうきばら・りょうこ)
フリーライター・エッセイスト。早稲田大学第一文学部卒業後、人材ビジネスを経て、日経ホーム出版社(現・日経BP社)にて編集記者に。2001年に独立後、雑誌や書籍、Web等で執筆多数。企業のトップから学者、職人、芸能人まで1500人以上に人生ストーリーや仕事観をインタビュー。